精神科医の“のほほん”ノート
診療に関係のあること、ないこと…ちょっと肩の力を抜いて“のほほん”と書いてます。
2006年
04月21日
(金曜日)
ミトコンドリアと躁うつ病
[No.142] 23:03
2006年
04月03日
(月曜日)
IQと脳のできかた…
[No.130] 06:43
久し振りに(汗)、脳研究ネタ。
『デキる脳は発達の仕方に差 米国立衛生研などが解明』
news@nature.comの記事によると、この研究グループは6-19歳のこども300人以上を対象に、IQの検査を行いながら、約2年ごとMRI撮影を行い脳の構造の経時的変化を追ったという。
こどもを研究参加時のIQで3グループに分けたところ(IQ 83-108、109-120、121-149)、最もIQの高いグループでは大脳皮質の厚さがもともと薄かったのが10代前半には通常より厚くなっており、しかし19歳までには3グループの大脳皮質の厚さはほぼ差がなくなっていたという。そして、このような厚さの変化は計画性や論理性と関連のある脳領域である前頭前皮質で顕著だったとのこと。
『デキる脳は発達の仕方に差 米国立衛生研などが解明』
news@nature.comの記事によると、この研究グループは6-19歳のこども300人以上を対象に、IQの検査を行いながら、約2年ごとMRI撮影を行い脳の構造の経時的変化を追ったという。
こどもを研究参加時のIQで3グループに分けたところ(IQ 83-108、109-120、121-149)、最もIQの高いグループでは大脳皮質の厚さがもともと薄かったのが10代前半には通常より厚くなっており、しかし19歳までには3グループの大脳皮質の厚さはほぼ差がなくなっていたという。そして、このような厚さの変化は計画性や論理性と関連のある脳領域である前頭前皮質で顕著だったとのこと。
2005年
03月03日
(木曜日)
テレビと発達。
[No.18] 17:26
テレビやゲームと自閉症の関連について、いろいろと話題になっているよう。
私自身は自閉症テレビ/ゲーム因説には反対ではある。だけど、“テレビばっかり観ていたら発達学的によくないよ”ということが学術的に示されているのかどうか、ふと気になって調べてみたら、2001年発表のこんな論文を発見した。
低〜中賃金の家庭で、2歳児と4歳時を対象に、それぞれ2〜5歳、4〜7歳の3年間に渡ってどんなテレビ番組をどれくらい観たかを日記のように記録してもらい、読解力・計算力・語彙理解力と就学準備度を毎年検査した、という研究。
2-3歳時にこども向けの教育的番組を観たこどもたちは学力評価4項目すべてでよい結果が得られた。2歳開始群も4歳開始群も、一般視聴者向けの番組をよく観ていたこどもは一般視聴者向け番組をあまり観ていないこどもとくらべて学力が劣っていた。
ある時点でのこどもたちの学力によってその後そのこどもが観るテレビ番組を予測することができ、双方向モデルを支持する結果になった。つまり5歳時に優れた学力を示したこどもは小学校低学年時にはこども向け教育番組をよく観てマンガはほとんど観なかったし、3歳時に学力の低かったこどもは4歳・5歳になったとき一般向け番組をよく観るようになっていた。
これらの結果から、幼いときの学力とテレビとの関連は、主として視聴する番組の内容によるという結論に至った。
------------------------
要するに、学力とテレビ視聴に関係があることはわかったけれど、テレビを観ることが即“悪”だということではない、という結論。よい番組を観るこどもが優れた学力になるのか、優れた学力をもつこどもがよい番組を選んでみるのかという点についても、“双方向モデル”という明快な説明(卵が先かニワトリが先かわからない、ってことですよね、きっと)なのが気持ちいい。
自閉症とテレビやゲームとの関連を直接取り上げた研究ではないけれど、こういう根気のいる研究によって少しずつテレビくんに掛けられた“発達阻害”の疑いが晴れたらいいな、と思う。
私自身は自閉症テレビ/ゲーム因説には反対ではある。だけど、“テレビばっかり観ていたら発達学的によくないよ”ということが学術的に示されているのかどうか、ふと気になって調べてみたら、2001年発表のこんな論文を発見した。
低〜中賃金の家庭で、2歳児と4歳時を対象に、それぞれ2〜5歳、4〜7歳の3年間に渡ってどんなテレビ番組をどれくらい観たかを日記のように記録してもらい、読解力・計算力・語彙理解力と就学準備度を毎年検査した、という研究。
2-3歳時にこども向けの教育的番組を観たこどもたちは学力評価4項目すべてでよい結果が得られた。2歳開始群も4歳開始群も、一般視聴者向けの番組をよく観ていたこどもは一般視聴者向け番組をあまり観ていないこどもとくらべて学力が劣っていた。
ある時点でのこどもたちの学力によってその後そのこどもが観るテレビ番組を予測することができ、双方向モデルを支持する結果になった。つまり5歳時に優れた学力を示したこどもは小学校低学年時にはこども向け教育番組をよく観てマンガはほとんど観なかったし、3歳時に学力の低かったこどもは4歳・5歳になったとき一般向け番組をよく観るようになっていた。
これらの結果から、幼いときの学力とテレビとの関連は、主として視聴する番組の内容によるという結論に至った。
------------------------
要するに、学力とテレビ視聴に関係があることはわかったけれど、テレビを観ることが即“悪”だということではない、という結論。よい番組を観るこどもが優れた学力になるのか、優れた学力をもつこどもがよい番組を選んでみるのかという点についても、“双方向モデル”という明快な説明(卵が先かニワトリが先かわからない、ってことですよね、きっと)なのが気持ちいい。
自閉症とテレビやゲームとの関連を直接取り上げた研究ではないけれど、こういう根気のいる研究によって少しずつテレビくんに掛けられた“発達阻害”の疑いが晴れたらいいな、と思う。
2005年
02月01日
(火曜日)
怒っている声は気になるもの…
[No.3] 09:19

ジュネーブ大学の心理学の研究者たちによると、ヒトは普通の声とを聴いたときと比べて怒っている声のイントネーションやアクセントを聴くとき脳の上側頭溝付近が賦活されることが報告された(Nature Neuroscience; 論文のAbstract(英語)はこちら。図は右上側頭溝付近の脳活動を機能的MRIでとらえたもの)。
Abstractによれば「この上側頭溝付近の活性化はただ甲高い声だったり大声だったりするだけではみられず怒っている声に特有のもので、たとえ怒りとは関係のない別の声に注意を集中しておくようにと指示されていても、やはり被験者は怒っている声に反応してしまうことが示された。このことから、ヒトの脳組織の基本原則どおり、“注意力”と“情動(感情)”とは受け取った刺激を処理する上でそれぞれ異なったはたらきかたをしているらしいことが示唆された」のだそう。
…つまり、例によってものすごく大雑把に言えば、自分が目の前の会話に集中していたとして、そこへ怒声が聞こえてきた場合には、それが自分を怒る声であっても自分とは関係ないひとが怒られる声であってもとにかくその怒声のほうへ気持ちが向いてしまう(脳の特定の部位が反応を示す)ということらしい。
----------
経験的にも納得のいく研究結果だな、と思う。
たとえば友達と喫茶店でおしゃべりに花を咲かせているとき、酔っぱらいのオジさんか誰かが大きな声で怒鳴り始めたら、どんなに友達との会話が盛り上がっていようとも、どんなにオジさんの姿が遠くに見えようとも、自分も友達も会話を中断してついそちらを見てしまうのではないだろうか。危険を感じさせるものをいち早く察知して反応する、そんな脳の機能をとらえた研究とも言えるかもしれない。
この機能は生きていく上でとても大切なものだと思う。さっきの例で言えば、もしも酔っぱらいのオジさんの怒鳴り声に気付かず友達とキャッキャッ言いながらはしゃぎ続けていたら、ひょっとするとオジさんの目に止まって「なぁーにケラケラ笑っとんかお前らはっ!!」なんて理不尽な理由でからまれることだって十分考えられる。でも、このオジさんを無事にやり過ごして喫茶店に再び平和が訪れたら…また楽しい話題に戻ったり、「さっきはビックリしたよねー、変なオヤジが来て」なんて笑い飛ばしたりできるだろう。もう自分には身の危険がなくなった、あれは一時的なできごとだった、と判断できるから。
ところで。
自閉症スペクトラムのひとは、大声や怒声で“パニック”と呼ばれる状態になることがあるといわれる。現在放送中の『3年B組金八先生』のなかでも、軽度発達障害のヤヨちゃんがクラスメイトの怒鳴り合いや金八先生が悪ガキ達を怒り飛ばす声を聞いて、別にヤヨちゃんが怒鳴られているわけでも怒られているわけでもないのに耳を塞いでしゃがみ込んだり、教室の外へ飛び出したりするシーンが何回かみられている。3-Bのほかの生徒たちも怒鳴り合いに気付いて止めに入ったり金八先生が本気で怒っているときには神妙な顔で黙り込んでみたりしてちゃんと反応しているのだけど、ヤヨちゃんに比べてもとの状態へ戻るのが早いし、すぐにおちゃらけたり笑顔を見せたりできる。
自分が児童生徒だった頃を思い返してみても、学校の先生というのはきっと大変な職業なんだろうな、と思う。こどもばっかり数十人を相手に、クラスを運営していかなきゃいけない。悪ガキくんだって何人かいるだろうし、たまにはクラスメイトの前で悪ガキくんたちをビシッと怒ってやらなきゃいけないときだってあるだろう。
だけど、もしクラスの中に自閉症スペクトラムのこどもがいたら…。
その子もきっと先生の怒声に素早く反応して…ドラマのような“パニック”にはならないまでも、ものすごく強く受け止めて、いつまでも強い衝撃を受けたまま過ごすことになってしまうんじゃないのかな。
自閉症スペクトラムのこどもたちの特性を配慮した怒り方(怒りたい子だけ集めて別室で説教するとか、言葉の内容は厳しくても声のボリュームや抑揚を控えめにするとか)なんかを工夫してもらえると、それだけで彼らにとって学校・教室が少し過ごしやすいところになるかもしれない。…そんなことを漠然と考えてしまった。
怒声が気になるのは当たり前のこと…今回の研究結果もそう示している。
ただ、気になった後に当たり前のようにその記憶を拭い去れないひとたちもいる、自分のせいじゃないのにいつまでも気にして苦しんでしまうひとたちもいる、ということはわかっておかなくちゃいけないと思う。
そして、研究に携わる(こともあるかもしれない)私たちは、怒声に注意が向いたあとでその注意が解除される脳のメカニズムを調べていけば、もしかしたら自閉症スペクトラムのひとたちの特性を生じる脳機能に迫ることができたり、治療への示唆を得ることができたりするのかも…。
遠い未来のことかもしれないけれど、一歩一歩進んでいけたらいいな。



