精神科医の“のほほん”ノート
診療に関係のあること、ないこと…ちょっと肩の力を抜いて“のほほん”と書いてます。
2005年
02月01日
(火曜日)
怒っている声は気になるもの…
[No.3] 09:19

ジュネーブ大学の心理学の研究者たちによると、ヒトは普通の声とを聴いたときと比べて怒っている声のイントネーションやアクセントを聴くとき脳の上側頭溝付近が賦活されることが報告された(Nature Neuroscience; 論文のAbstract(英語)はこちら。図は右上側頭溝付近の脳活動を機能的MRIでとらえたもの)。
Abstractによれば「この上側頭溝付近の活性化はただ甲高い声だったり大声だったりするだけではみられず怒っている声に特有のもので、たとえ怒りとは関係のない別の声に注意を集中しておくようにと指示されていても、やはり被験者は怒っている声に反応してしまうことが示された。このことから、ヒトの脳組織の基本原則どおり、“注意力”と“情動(感情)”とは受け取った刺激を処理する上でそれぞれ異なったはたらきかたをしているらしいことが示唆された」のだそう。
…つまり、例によってものすごく大雑把に言えば、自分が目の前の会話に集中していたとして、そこへ怒声が聞こえてきた場合には、それが自分を怒る声であっても自分とは関係ないひとが怒られる声であってもとにかくその怒声のほうへ気持ちが向いてしまう(脳の特定の部位が反応を示す)ということらしい。
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経験的にも納得のいく研究結果だな、と思う。
たとえば友達と喫茶店でおしゃべりに花を咲かせているとき、酔っぱらいのオジさんか誰かが大きな声で怒鳴り始めたら、どんなに友達との会話が盛り上がっていようとも、どんなにオジさんの姿が遠くに見えようとも、自分も友達も会話を中断してついそちらを見てしまうのではないだろうか。危険を感じさせるものをいち早く察知して反応する、そんな脳の機能をとらえた研究とも言えるかもしれない。
この機能は生きていく上でとても大切なものだと思う。さっきの例で言えば、もしも酔っぱらいのオジさんの怒鳴り声に気付かず友達とキャッキャッ言いながらはしゃぎ続けていたら、ひょっとするとオジさんの目に止まって「なぁーにケラケラ笑っとんかお前らはっ!!」なんて理不尽な理由でからまれることだって十分考えられる。でも、このオジさんを無事にやり過ごして喫茶店に再び平和が訪れたら…また楽しい話題に戻ったり、「さっきはビックリしたよねー、変なオヤジが来て」なんて笑い飛ばしたりできるだろう。もう自分には身の危険がなくなった、あれは一時的なできごとだった、と判断できるから。
ところで。
自閉症スペクトラムのひとは、大声や怒声で“パニック”と呼ばれる状態になることがあるといわれる。現在放送中の『3年B組金八先生』のなかでも、軽度発達障害のヤヨちゃんがクラスメイトの怒鳴り合いや金八先生が悪ガキ達を怒り飛ばす声を聞いて、別にヤヨちゃんが怒鳴られているわけでも怒られているわけでもないのに耳を塞いでしゃがみ込んだり、教室の外へ飛び出したりするシーンが何回かみられている。3-Bのほかの生徒たちも怒鳴り合いに気付いて止めに入ったり金八先生が本気で怒っているときには神妙な顔で黙り込んでみたりしてちゃんと反応しているのだけど、ヤヨちゃんに比べてもとの状態へ戻るのが早いし、すぐにおちゃらけたり笑顔を見せたりできる。
自分が児童生徒だった頃を思い返してみても、学校の先生というのはきっと大変な職業なんだろうな、と思う。こどもばっかり数十人を相手に、クラスを運営していかなきゃいけない。悪ガキくんだって何人かいるだろうし、たまにはクラスメイトの前で悪ガキくんたちをビシッと怒ってやらなきゃいけないときだってあるだろう。
だけど、もしクラスの中に自閉症スペクトラムのこどもがいたら…。
その子もきっと先生の怒声に素早く反応して…ドラマのような“パニック”にはならないまでも、ものすごく強く受け止めて、いつまでも強い衝撃を受けたまま過ごすことになってしまうんじゃないのかな。
自閉症スペクトラムのこどもたちの特性を配慮した怒り方(怒りたい子だけ集めて別室で説教するとか、言葉の内容は厳しくても声のボリュームや抑揚を控えめにするとか)なんかを工夫してもらえると、それだけで彼らにとって学校・教室が少し過ごしやすいところになるかもしれない。…そんなことを漠然と考えてしまった。
怒声が気になるのは当たり前のこと…今回の研究結果もそう示している。
ただ、気になった後に当たり前のようにその記憶を拭い去れないひとたちもいる、自分のせいじゃないのにいつまでも気にして苦しんでしまうひとたちもいる、ということはわかっておかなくちゃいけないと思う。
そして、研究に携わる(こともあるかもしれない)私たちは、怒声に注意が向いたあとでその注意が解除される脳のメカニズムを調べていけば、もしかしたら自閉症スペクトラムのひとたちの特性を生じる脳機能に迫ることができたり、治療への示唆を得ることができたりするのかも…。
遠い未来のことかもしれないけれど、一歩一歩進んでいけたらいいな。


コメント
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●ありそうですよね…
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うちの娘2人とも低学年の時に
「学校で、(ちょっとやんちゃな)男の子たちを先生が怒る時に、クラス全員を怒るんだよ。何も悪いことしてない人にも怒るんだよ。でも、自分が怒鳴られてるみたいな気がしてすっごくイヤなの」
と言ったことがあります。
私は呑気に
「自分が怒られてるんじゃなければ気にしなければいいじゃない」
なんて言ってしまいましたが、
こちらで思っているよりも子どもにはズシッと感じていたようで、
一とき「学校に行きたくない」と言うまでにもなりました。
>自分のせいじゃないのにいつまでも気にして苦しんでしまうひとたちもいる
学校の先生方にも知っておいて欲しいことですね。
●これは同感いたします
学習不良児というのでしょうか?器質的な問題は全くないが、学習に能力が反映しない子供を多くみることがあります。
怒鳴り声を家庭で聞かなければいけない環境の子供たちのことを、考えてしまいました。
実は私も大騒ぎの声がスキでなく、TVを見ない生活を送っておりますが、なるほど頷いたしだいです。
●おとなの配慮
> MIMIさん
悪いことをしてないのにクラス全体が怒られたり、お説教で帰宅時間が遅くなったり。それを「自分とは関係ないし」って割り切れる子はそれでもそれほどひどく苦しまずに済んで、関係ないのに気にしてしまうデリケートなひとがこのことで強くダメージを受けてしまう…自閉症スペクトラムではなくても感受性の強いこどもさんならありえますよね。先生を含めたおとなの側が守ってあげないと!って思います。
> jean edwardsさま
はじめまして!
たしかに学校場面じゃなくても、こどもたちには詳しい事情はわからないけれど身近なおとなが悩んでいる、家庭の中でおとな同士がおとなの事情で怒鳴り合ったり罵りあったりしている、そういうときにこどもが不安になってしまうことってありますよね。
おとなは「こどもにはわからない」って思っていても、実はこどもは苦しんでいて、すべきことにも集中できなくて…こどもの力では避けきれないことですし、おとな側が配慮を示してあげないといけないんじゃないのかな、って思います。
●TBさせていただきました
ということを少しでもここのお客様にも知っていただきたいなと思いまして
TBさせていただきました。
●
おとなのちょっと心遣いがこどもにとっては大きな救いになることを私自身も忘れずにいたいところです。
●神戸より
神戸のジャスミンといいます。
3歳の自閉症の娘がいます。
娘の幸せを考えた時、世間に(特に医療、教育関係者に)広く誤解なく理解してもらうことが大切かと思いblogを始めました。
良ければお寄りください。
http://blog.goo.ne.jp/rin-marika/
●はじめまして。
Blogさっそく拝見致しました。ジャスミンちゃんや凛くんとの毎日をとても大切に過ごしておられるのが伝わってきて、ステキだなぁと思いました。
私たち医療職の人間は、自閉症スペクトラムのこどもさんとご家族が過ごしておられるなかでの楽しいこと、大変なこと…毎日のできごとにもしっかり思いを巡らさないといけないな、と改めて思いました。またBlogのほう、お邪魔させていただきますね。
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