精神科医の“のほほん”ノート
診療に関係のあること、ないこと…ちょっと肩の力を抜いて“のほほん”と書いてます。
2005年
11月10日
(木曜日)
自閉症スペクトラムはこどもだけ…?
[No.79] 00:45
星和書店の増刊 精神科治療学『新 精神科治療ガイドライン』が先月刊行された。
そのなかのコラムで杉山登志郎先生が『成人の高機能広汎性発達障害』について書いておられる。
広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害=ASD)は、児童精神科の世界では今ものすごく注目されている。早期診断や有効な療育の実施を目指して、研究や臨床や教育が行われていたり。
だけど、こんなに注目される前から世の中にはASDのこどもたちはもちろんいたはず。そのこどもたちは、今やもう大人になっている…特別な支援も受けないままだったひともたくさんいることだろうし、家族やまわりのひとの理解や協力も十分に得られないままだったかもしれない。
そして…そのなかの一部のひとたちは、二次性の精神障害をきたして、今私たちの外来あるいは病棟での治療を受けていたりする。おそらく大半はASDとは気づかれないまま…。
杉山先生曰く、「従来の精神医学、あるいは臨床心理学は発達障害という視点が欠けていたと思う。…今後、発達障害という視点から診断学体系を見直す必要があるのではないかと考えられる。」
…畏れながら、全く同感。
ASDという特性は、大人になっても続くもの。ASD特性をもつ患者さんにASDではない患者さんとは違う関わりかたをしたほうが治療もよりうまく進むんじゃないだろうか。こどものASDに特別な支援が必要なのと同じように…。
大人の精神科臨床にASDへの特別な配慮が当たり前に導入されるにはあとどれくらいの時間が掛かるだろう? ASDへの理解は決してこどもだけに限られる話ではない、と私は思っている。
そのなかのコラムで杉山登志郎先生が『成人の高機能広汎性発達障害』について書いておられる。
広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害=ASD)は、児童精神科の世界では今ものすごく注目されている。早期診断や有効な療育の実施を目指して、研究や臨床や教育が行われていたり。
だけど、こんなに注目される前から世の中にはASDのこどもたちはもちろんいたはず。そのこどもたちは、今やもう大人になっている…特別な支援も受けないままだったひともたくさんいることだろうし、家族やまわりのひとの理解や協力も十分に得られないままだったかもしれない。
そして…そのなかの一部のひとたちは、二次性の精神障害をきたして、今私たちの外来あるいは病棟での治療を受けていたりする。おそらく大半はASDとは気づかれないまま…。
杉山先生曰く、「従来の精神医学、あるいは臨床心理学は発達障害という視点が欠けていたと思う。…今後、発達障害という視点から診断学体系を見直す必要があるのではないかと考えられる。」
…畏れながら、全く同感。
ASDという特性は、大人になっても続くもの。ASD特性をもつ患者さんにASDではない患者さんとは違う関わりかたをしたほうが治療もよりうまく進むんじゃないだろうか。こどものASDに特別な支援が必要なのと同じように…。
大人の精神科臨床にASDへの特別な配慮が当たり前に導入されるにはあとどれくらいの時間が掛かるだろう? ASDへの理解は決してこどもだけに限られる話ではない、と私は思っている。


コメント
●
それから、ASDの存在が注目されるように感じるのは、日本の産業構造が、第1次・2次産業中心から、第3次産業に変わって行ったということも大きく影響しているかなー、と思います。
●
ところで、takashiさんの“第3次産業”説、ぜひ聞かせてください。
●
>不登校が主訴でもASD / PDDを併存している
>場合、即もとの教室への再登校を目標とする
>ことが本当に適切かどうかの判断に非常に迷
>います。
このあたりはホント難しいところですよね。。
学校がどれだけ動いてくれるのか、ということ
と非常に関係がありますし、、かと言って、闇
雲に「しばらく休ませてあげた方がいいんじゃ
ないの?」と医療機関で言われたまま数年不登
校のまま過ぎてしまう子どもたちもいますし。
(ちなみにわたしは数年どころか数カ月も待ち
ませんが・・遠目)
とりあえずtakashiさんの説を待っています♪
ではではまた。
ぱんぷるむーすさん、こちらにもいらしてくだ
さいね〜〜〜♪
●
>説、ぜひ聞かせてください。
いやー、これは、滝川一廣先生の著書に書かれていたことの受け売りですし、当然と言えば当然のことなので----。彼の著書の記述を要約すると----
−−−−−−−
第一次産業や第二次産業が中心の時代は、手に職(技術)さえあれば、居場所が多少なりとも確保しやすかった。なので、アスペルガーをはじめ軽度発達障害の人でもやっていけた面がある。
しかし、産業構造が大きく変わり、第三次産業が日本の産業の中心を占めていく中で、対人能力や社会的な適応力が大きく問われる世の中になった。軽度発達障害の人にとっては生きにくい世の中になり居場所もなくなっていった。そして、「障害」という形であぶりだされて目立つようになった。
−−−−−−−
という感じです。さらに滝川先生は、「個人化」の進行も、軽度発達障害の人を行きにくくさせていると指摘しています。
●
私も、短気な性格のせいか学校を休ませ続けるなんて考えられず、最悪でも保健室その他の教室外登校を目下の目標に速攻で据えてしまいます。
学校によっては「登校できるんなら教室に来るべきだ」なんて、いじめの解決には一切取り組まずに本人に強いる場合もあるので、そのときはやむをえず欠席させることもありますが。
> takashiさん
なるほど、第3次産業全盛(?)の今の世のなかで労働することはPDD・ASDのひとたちには難しい、ということですね。それ、すごくわかる気がします。
私の近辺でも、たとえば実家が農家だったり漁業をやっていたりするおうちでは、PDD / ASDのこどもさん(といっても独立する年齢)もうまく適応できているところが多いのです。工場の流れ作業にうまく馴染めて仕事を続けられているひともいます。だけど、サービス業となるとたとえ短時間のアルバイトであってもしんどそうで長続きしないひとが多いような…だけどお客さんとのトラブルよりも同じ職場の同僚さんとのトラブルを報告してくれる患者さんが目立つように思います。チームワークが大事になってくるのかもしれませんね。
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